

どこに付ければいいのか迷う理由
「手すりを付けよう」と決めたあと、意外に多くの方が止まってしまうのが「で、どこに?」という問いです。廊下か、玄関か、トイレか。カタログを見ても、場所の決め方までは書いていません。じつは、場所から考えはじめると迷うのは自然なことです。手すりは壁に付ける道具ですが、役に立つかどうかを決めるのは壁ではなく、そこを通る人の動きだからです。
この記事を読んでいる方は、大きく2つに分かれると思います。ひとつは「階段がのぼりにくくなってきた」など、すでに困っている場所がはっきりしている方。もうひとつは、退院や介護認定をきっかけに「そろそろ家の中を整えたほうがいい気がする」という、なんとなくの不安を持っている方です。
困っている場所がある方は、その場所が出発点になります。ただし、そこで終わりにしないことが大切です。なんとなく不安という方は、出発点そのものをこれから見つけていくことになります。どちらの場合も、考え方は同じです。
手すりは場所ではなく、生活の動きに合わせて考えます。
朝起きてから夜眠るまで、家の中でどう動いているか。その動きの中に、手すりが働く場所が隠れています。次の章では、私たち専門職が実際にお宅へ伺ったとき、何をどの順番で見ているかをお見せします。
プロは”家全体”を見て決めています

私は福祉用具専門相談員として17年、手すりのご相談で数え切れないほどのお宅に伺ってきました。玄関の手すりを頼まれて伺っても、見るのは玄関だけではありません。家に上がらせていただいた瞬間から、家全体を見ています。
見る順番は、だいたい決まっています。まず玄関の上がりかまち。段差をどう越えているか、靴の脱ぎ履きをどこで支えているか。次にトイレ。立ち座りの支えがあるか。そして浴室。またぐ・立ち上がるという、家の中でもとくに支えが欲しい動作が集まる場所です。あわせて、洗面所から浴室へ入るドアの付近も見ます。脱衣や出入りで体の向きが変わる場所だからです。
浴槽まわりの手すりは選び方が独立してひとつの世界なので、浴槽用手すりとバスボードの選び方|ユニットバスに付くかはフチの厚みで決まるに分けてまとめています。
夜の動線も見逃せません。寝室からトイレまで、夜中に通る道は、昼間と同じ家でも別の顔になります。照明を落とした廊下では、昼間なら何でもない数歩に支えが欲しくなることがあるのです。
そしてもうひとつ、必ず確かめることがあります。ご本人が「ここに付けたい」と言う場所と、ご本人が気づいていない場所の両方を見ることです。
気づいていない場所は、その家の癖に表れます。ドアの近くの縦の位置に、壁の色が少し変わっているところや、手垢が付いているところはありませんか。そこは、体を支えるために無意識に手を突いている場所です。ご本人に聞いても「触っていない」と言われることが多いのですが、壁は正直です。こうした場所は、私たち専門職がお宅で確認する定番のポイントでもあります。
🟩 TOCHIの判断ポイント|お宅で最初に見ること
まず見る:ドア付近の縦の位置で、壁の色が変わっているところ・手垢が付いているところ。
なぜ:無意識に手を突いて体を支えている場所は、本人の自覚より先に壁に表れるからです。
どうする:本人が付けたいと言う場所と合わせて、生活の動きの順に家全体を見ていきます。
ご本人の希望と、壁が教えてくれる場所。この2つを生活の動きの順につないでいくと、その家に必要な手すりの地図が浮かび上がってきます。場所から入ると迷いますが、動きから入ると決まっていきます。
高さは誰と決めるか
手すりの高さと聞くと、「正しい数字」があるように思えます。たしかに一般的な目安はあり、床から75センチ前後を出発点にすることが多いです。ただ、私は数字から入りません。数字は、最後の確認に使うものだと考えています。
理由は単純で、手すりは一人で使うものではないからです。家の手すりは、付けたその日から家族みんなの手すりになります。廊下やトイレの手すりは、お母さまも使えば、息子さんも使う。背の低い方に合わせて低めに付けると、背の高い家族には少しかがむ姿勢になって使いにくくなることがあります。
介護保険の考え方では、利用者ご本人に合わせるのが基本です。ですから軸足はあくまでご本人に置きます。そのうえで、私は同居のご家族にも必ず話を聞いてきました。「この高さで、皆さんも使えそうですか」と。ご本人にいちばん合う高さを守りながら、家族も無理なく使える範囲に収まるよう、数センチの世界で調整していくのです。
高さは本人だけで決めず、毎日使う家族も含めて確認します。
具体的には、取り付ける前に、ご本人に実際にその場所へ立っていただき、腕を自然に下ろして、支えやすい高さを一緒に探します。杖をお使いの方なら、杖の握りの高さも手がかりになります。そして最後に、一般的な目安と大きくずれていないかを確かめる——この順番です。数字を否定するのではなく、数字を確認役に回す、と言えばいいでしょうか。
「高いか低いかは、使えば分かる」と思われがちですが、実際には遠慮して言い出せないご本人も多いものです。「せっかく付けてもらったから」と、合わない高さのまま使い続けてしまう。そうならないように、決める場にご本人とご家族の両方がいる状態をつくることも、専門職の仕事だと思っています。
取り付けの当日も、固定する前にもう一度、ご本人とご家族に「本当にこの高さでいいですか」と確認してから取り付けます。手すりは一度付けると簡単には動かせません。だからこそ、決める段階で使う人全員の声を入れておくことが、あとで「合わなかった」を防ぐいちばんの方法です。
1本で足りる家、何本も要る家
手すりが1本で足りるのか、何本も要るのかは、家の大きさでは決まりません。決めるのは、困りごとの広がり方です。
「浴室の出入りだけがこわい」というように、困っている場所がはっきりひとつなら、そこに1本で足りることが多いです。むしろ、あちこちに付けすぎないほうが暮らしやすい場合もあります。
一方で、「最近、家の中を歩くこと全体が不安になってきた」という方は、玄関・廊下・トイレ・浴室と、生活動線に沿って複数の手すりを考えることになります。この場合、1本だけ付けても不安は解消されにくいのです。動線は途切れずつながっているのに、支えが1か所だけだと、そこ以外では結局、壁や家具を伝うことになるからです。
私が現場でしていたのは、まず「付けたい場所、気になっている場所を全部教えてください」とお聞きすることでした。遠慮して1か所だけおっしゃる方が多いのですが、全部挙げていただいてから全体の見積もりを作り、そのうえで「では、どこから付けましょうか」と優先順位を一緒に決めていきます。
付けたい場所を全部聞いてから、一緒に優先順位を決めます。
優先順位のつけ方に、唯一の正解はありません。ただ、毎日必ず通る場所・一日に何度も使う場所から先に、というのがひとつの考え方です。トイレは回数が多く、玄関は外へ出る意欲にかかわります。ご本人が「ここがあると安心する」とおっしゃる場所を先にすることもあります。暮らしの中でその手すりが働く回数を、一緒に想像しながら決めていきます。
先に全体を見ておくと、予算の中でどこを優先するかを、根拠を持って選べます。1か所ずつ思いつきで付けていくより、結果として無駄がありません。今すぐ付けない場所も「次はここ」と分かっているので、暮らしの変化に合わせて足していきやすくなります。
生活をどう続けたいか
工事で付けるか、レンタルで済ませるか。手すりの相談では必ず出てくる分かれ道ですが、私はこの質問から入らないようにしています。先に考えたいのは、この家で、これからどう暮らしていきたいか、だからです。

工事かレンタルかより先に、生活をどう続けたいかを考えます。
同じ「玄関に手すり」でも、五年先もこの家で暮らしていくつもりの方と、様子を見ながら考えたい方とでは、選ぶ道が変わります。道具も制度も、その暮らし方を支えるためにあるので、順番はいつも生活が先です。
この家に長く住み続けるつもりで、支えの必要もこの先続いていきそうなら、壁にしっかり固定する工事の手すりが候補になります。長く使うほど、費用の面でも工事のほうが有利になっていきます。
一方、回復して手すりが要らなくなる見込みがある方や、住み替えの可能性がある方には、工事をしない選択肢があります。取り付け工事を伴わない据置型や突っ張り型の手すりは、介護保険のレンタル(福祉用具貸与)の対象で、要らなくなったら引き取ってもらえます。ネジやビスで壁に固定するものは、レンタルではなく住宅改修の扱いになります。
制度のうえでも、この2つは品目の区分が分かれています。住宅改修の手すり取り付けの対象外として「福祉用具貸与にある手すり」が明記されている、という整理です。どちらか一方しか選べないという意味ではなく、区分の違うものとして扱われています。運用には自治体ごとの違いもあるため、詳しくはお住まいの市区町村やケアマネジャーにご確認ください。
家族の気持ちも、大切な判断材料です。二世帯で住んでいて「家に工事をするのは気が引ける」というご家庭は少なくありません。壁に穴を開けない道具から始めるという判断も、立派な選択です。浴室であれば、工事不要の吸盤式手すりという道もあります。
住宅改修で手すりを取り付けるときの進め方——業者選びや工事の流れ、費用の考え方——は、詳しくは住宅改修の手すりはどう進める?|確認を重ねて納得して取り付ける流れにまとめています。
下地がなくても付けられる
「うちの壁は石膏ボードだから、手すりは無理」——そう思い込んで、相談する前にあきらめてしまう方が本当に多くいらっしゃいます。結論から言うと、下地がない壁にも手すりは付けられます。
壁の中に下地(手すりのネジを受け止める木の骨組み)がない場所には、先に補強板という板を壁に取り付け、その板に手すりを固定します。住宅改修の現場では、ごく普通に行われている方法です。
ただし、知っておいていただきたいことが2つあります。ひとつは、壁の上に板が付くので、見栄えが少し変わること。木目やクロスに合わせた補強板を選んで目立ちにくくすることはできますが、何もない壁とまったく同じにはなりません。
もうひとつは、板の厚みのぶんだけ、手すりが室内側に出てくることです。ふつうの廊下なら気にならない差ですが、もともと幅にゆとりのない廊下では、通れる幅がさらに狭くなります。介助で並んで歩きたい場所や、シルバーカーを押して通る場所では、この数センチが効いてくることがあります。
つまり、「下地がないから付けられない」ではなく、「下地がない場合はどう付けるか、その方法がこの家に合うか」という判断になります。ここは家の環境によって答えが変わるところなので、下見のときに施工業者や専門職と一緒に確かめてください。
まとめ|迷ったら、ケアマネジャーに相談を

最後に、制度の要点を短く整理します。住宅改修の支給限度基準額は、要介護度に関わらず一生涯20万円で、限度内なら数回に分けて使えます。例外として、要介護度が3段階上がった場合(この再支給は1人1回です)と、転居して住民票を移した場合には、新たに20万円の枠が設けられます。また、手すりは要支援1・2や要介護1の方でもレンタルできる品目です(車いすや介護ベッドとは扱いが異なります)。細かな運用は自治体で異なるため、お住まいの市区町村でご確認ください。
この記事で渡したかったのは、手すり選びの「見る順番」です。生活の動き→家全体→高さ→本数→暮らしの続け方。この順番で見れば、場所の迷いはほどけていきます。
手すりは、場所でも数字でもなく、暮らしから考える道具です。どこに付けるか迷ったら、担当のケアマネジャーか、地域包括支援センターに相談してください。あなたの家の動線を、一緒に歩いて見てくれる専門職がいます。お風呂まわりの道具全体は介護のお風呂、何を使えばいい?|入浴用品の選び方と介護保険で整理できます。




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